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2009年09月22日

東山魁夷の魂に出会う

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長野遠征の最大の収穫は東山魁夷の魂に出会えたことでした。日本人画家の中で一番好きなのが東山魁夷氏の作品です。作品には一種の静謐さが漂い、心が研ぎ澄まされます。美術館は善光寺の隣にありますが、全部の作品を見ることはできません。水彩画ゆえに画質の維持が難しく、展示はローテーションになるようです。訪れたときに見たい絵があるかどうかの運不運はあるようですが、今回は幸運にも見ごたえのある作品が多く展示されていました。

ここで多くの気づきを得ることができました。私は絵を描くプロセスをよく知らず、下絵に肉付けして描いていくんだろうなぁという程度にしか思っていませんでしたが実際はもっと緻密であることが分かりました。

風景を描くときいきなり下絵を描くのではなく、「単純化」という作業が入ります。単純化は一種の抽象化でもあるわけなのですが、これをひととおりではなく、何種類かアイデア出しします。そして単純化したものを統合化して、さらに具体化するというプロセスをとります。システム設計でいうところの物理DFDと論理DFDの関係みたいなものと考えれば分かりやすいかもしれません。

すべての画家がこのようなプロセスを経て描いているとは思いませんが天才的な感性で描きなぐるのではなく、設計をキッチリやることも芸術性を高めるものであると納得しました。

帰りがけにはフレームつきの絵を2枚ほど買い込みました。

「行く秋」
「夕星」

「夕星」は絶筆版でとても気に入っています。彼の1981年東京国立近代美術館講演録に以下のようなものがあります。

「私はいつも、これから筆を下ろそうとする白い紙に向かった時に、それはただの白い紙ではなくて鏡だと思うのです。」

風景画といえども、絵というものは作者の心がそのまま映し出されるものなのですね。90歳で他界した東山氏は曇りの無い玲瓏とした心境で天空の輝く星になったであろうことが伝わってきます。
posted by orataki at 09:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 生き方・考え方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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