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2010年03月07日

三浦国際市民マラソンに参加して

北原白秋が「雨はふるふる、城ヶ島の磯に、利休鼠の雨がふる」と詠んだように城ヶ島には雨が似合う。(JASRAC大丈夫ですよね?)

しかしながらゆったりと風景を咀嚼する余裕がある人にとってはそうであるかもしれないが三浦国際市民マラソンのランナーにとってはあってほしくない光景である。2010年の三浦国際市民マラソンはまたしても雨に祟られた。

私は初めて参加して完走こそしたものの規定時間外ということで記録が残らないという屈辱を味わうこととなった。そのようなこともあって負け犬の遠吠え的な記録にはなるが時系列的に今回のマラソンを振り返ってみようと思う。

朝8時、久里浜駅で横須賀線から京浜急行に乗り換えたが電車内は立錐の余地もないほどの混雑振り。平素の通勤電車でもこんなにはならないというくらい混んでいた。三浦海岸駅で下車すると雨は本降りに。天はまことに容赦がない。

着替えをしようと最寄の小学校に行ったのだがこれが結構遠い。駅から10分ほど歩かされる。しかもスタート地点からは逆方向である。体育館が臨時に更衣室になっているのだがこれがまた狭い。

体育館とはいってもまったく割り込む余地がない。おまけに今日の悪天候である。着替え終わっても入れ替わろうとしない人が非常に多い。「自分さえ良ければ・・・」という雰囲気を感じて少し嫌な気分になった。

短パンに履き替える予定だったがあきらめてそのままのスポーツウェアで走ることにした。少し時間があるので寒さしのぎにマクドナルドに入ってみた。誰もが考えることは同じで長蛇の列。ま、立ち飲みでもいいやと思い10数分すごす。とにかくここはハンバーガーを食べるところではなく、珈琲を飲むところでもなく冷たい風を避けるところになっているのだ。

同行してくれた妻にデイバッグを預けスタートラインに並ぶ。とにかく寒い。先週の東京マラソンで出走を待つ選手たちを気の毒に思っていた自分が今日はマックの客から逆に気の毒な視線を送られている。なんてこった!Oh My God!

早く体を温めるためにも早くスタートの号砲は欲しかった。9時37分に号砲が鳴り響きハーフランナーたちは飛び出す。予想通り3キロ地点までは快調な走り。しかし、苦手の上り坂でどんどんタイムを落としていく。

この遅れは下りで取り戻さなければならないがここで私は「エンジンブレーキ走法」を利用してみた。路面が若干滑るのでブレーキをかけつつ滑りながら距離を稼ごうというという作戦だ。城ヶ島大橋が見えてきたころはかなりペースを挽回できてきた。このままで行けば時間内にゴールできる!頭の中では瞬間的に比例計算をしていた。

しかし、伏兵が突如襲い掛かってきた。「突風」である。一番の敵は雨でも寒さでもなく突風に入れ替わっていた。キャップが飛ばされそうになり、体が左右に揺り動かされる。こんな条件でのマラソンは初めてだ。

15キロ過ぎには足が上がらなくなってきた。周囲のランナーも状況は同じだ。いかにこの状況を打破するか。皆模索している。twitterでつぶやくほどの余裕はまったくないが口ではつぶやき続けている。「ファイトー」「絶対負けへんでぇー」「ホノルル行くんやぁー」(何故か大阪弁)

ゴールが遠くに見えてきたとき残された時間は数分。はたして間に合うのか。ネバーエンディングストーリーのバスチアン少年が石像の間をかいくぐろうと走り出した心境で最後のダッシュをかけた。(ネタ古っ)

結果は惜しくも2分の遅れで勝利の扉は閉ざされてしまった。(制限時間ぎりぎりで勝利はないだろうというツッコミは無視!) かくして「私の中の三浦」は終わった。

人は第一印象で決まるというがマラソンの大会も同じようなものだと思う。申し訳ないけれど悪天候を差し引いても今回の三浦は印象が良くなかった。クルマでの来場禁止というのはわかるが、その規模からすると応援者の収容施設があまりにも少ない。東京マラソンのような都市型のマラソンであれば待機するような場所に事欠かない。また、地下鉄を駆使すれば応援者は次々と先回りして応援することができる。

一方、地方市町村型のマラソンであれば自治体のアリーナなど文化施設を利用することができる。物産展などを併設すればより充実した催しになる。この意味では、三浦は中途半端な感じである。規模だけが大きい。海岸線を利用するということに主眼があって他の不便を我慢させているように思える。

そうはいっても三浦はガチな玄人好みの大会なんだからヤワなことを言ってはいけないのかもしれないが長い目で見るとユーザビリティというのは非常に大事なのではないかと思う。

5月には長野県でまたハーフに挑戦するつもりだが、ここの大会は非常に温かい。(昨年参加したときは雨だったが、それでも温かかった)村人全員が応援者になっているかと思えるほど声援を受けたが三浦ではパラパラとしか応援者はいなかった。こんなところにも都会的な部分と田舎的な部分の中途半端さが感じられるのだ。

最後に2時間半もの間、必死に数少ない喫茶店を捜し求めて待機していてくれた妻に感謝したい。
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