head.jpg

2011年03月16日

今だから清貧思想を

seihin.jpg


今回の天災に遭遇し文明の利器はあまりにも脆弱であることを実感する。パソコンもケータイ電話も満足に使えない。電気が存在していても過剰な集中で繋がらない。

このほかにも身の回りに不便が起きている。電気が使えずロウソクで灯りをとる。電気を節約してコンセントを抜く、水を節約するため洗面器で顔を洗う、断水に備え貯水する、ガソリンを節約するため自転車を利用する。

計画停電が何回も回避されているのが節電のためであるとするなら私たちは今までいかに膨大なエレルギーを便利・快適の代償として浪費してきたかがわかる。全自動・コミュニケーション・・・その他多くの便益が電気の潤沢供給をもとに設計されている。

原発廃止は誰でもたやすく唱えられる。しかし、その前提は私たちが省電力生活が営めるかにかかっている。便利すぎる生活は豊かな人生のあだ花なのか。電気・水・ガソリン・・・使い方をもう一度考え直してみたい。清貧の思想を振り返ってみたい。

清貧とは単なる貧乏暮しではない。心豊かに暮らすことだ。
posted by orataki at 23:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 生き方・考え方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/191011198
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。